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タカシとお父さん「朝のルーティン」
タカシ「お父さんってさ、朝のルーティンってある?」
父「いや、ないなぁ。なぜそんなことを聞くんだ?」
タカシ「朝のルーティンがあった方が、短い朝の時間を効率よく使えるんじゃないかと。学校に行く前の時間がいつもバタバタして、しんどいと思っているんだよね。演劇部の朝練とかあるし。」
父「なるほどな。じゃあ、一緒に考えようか♪タカシは学校に行く前は、どんなことをしてるんだ?」
タカシ「まず6時に起床。」
父「はいちょっと待った!」
タカシ「何!?」
父「もうだめ。全然だめ。」
タカシ「何で!?もっと朝早く起きろということ?」
父「いや、違う。ずっと起きてりゃいいじゃん。」
タカシ「寝かせろ!」
父「同様の話では『寝る前に食べると太る』というだろ。」
タカシ「うん。」
父「寝なきゃいいじゃん!
タカシ「寝かせろ!」
父「体調管理も朝の有効な時間活用も、まずは睡眠時間が課題だな♪タカシのルーティンその1は「寝ない」…だ!」
タカシ「寝かせろ!」
父「で、次は?」
タカシ「朝食をとる。まさか食べなきゃいいとか言わないよね?」
父「そんな言うわけないだろ。まずは牛を見習うことだ。」
タカシ「牛?」
父「牛はな、胃袋が4つあり、食べたものを胃で循環させながら、ずっともぐもぐしてるんだ。専門用語で言うと『反芻(はんすう)』と言うのだが、お父さんはずっともぐもぐしている姿に感銘を受け『エンドレスもぐもぐ』と呼んでいる♪つまりだ、タカシも昨晩食べて胃に残っているものを『エンドレスもぐもぐ』し、朝食とせよ!」
タカシ「できるか!」
父「で、次は?」
タカシ「歯磨きとか着替えとかかな。」
父「両方一緒にやっちゃえばいいじゃん。」
タカシ「歯ブラシ持ちながら着替えとか難しいでしょ…。」
父「えっ、歯ブラシ?もしかして口の中にドクターフィッシュ飼ってないの!?」
タカシ「飼えるか!」
父「口の中に水を溜めてな、ドクターフィッシュを放流するんだ。するとドクターフィッシュは口の中の汚れを食べてくれるから、歯ブラシいらずで着替えも同時進行できるんだぞ♪」
タカシ「どんな口してんだよ。」
父「まとめるとだ。」
タカシ「はい…。」
父「ルーティン1『寝ない』、ルーティン2『エンドレスもぐもぐ』、ルーティン3『ドクターフィッシュ』だ。これで朝の時間を有効活用だ♪」
タカシ「…。」
父「うっ。」
タカシ「どうしたの?」
父「昨晩の飯が胃から這い上がってきてな…。」
タカシ「エンドレスもぐもぐ!?」
タカシとお父さん「よく分からない疫病」
宇宙暦59年12月19日に疫病が流行った。
重症化する人もいれば、全然自覚症状がない人もいる。そして自覚症状がないにも関わらず、後遺症に苦しむ人もいるという。なんとも不可解な疫病だ。
そんな状況にウンザリしながら父は息子のタカシに話しかけた。
父「なぁ、タカシ…。どっかに遊びに行かないか?」
タカシ「えっ?無理でしょ?こんなご時世に。どこに行くんだよ…?」
タカシはいつものように父の言っていることを話半分に、テレビを見ながら言った。テレビは毎日同じように、専門家が深刻そうな表情で疫病について語っている。
父「どこって、もうこの際、どこでもいいんじゃないか?」
タカシ「ダメに決まってんでしょ。感染したら大変じゃん。」
父「でもほら、おれら大丈夫だろ♪」
タカシ「なんでそう思うの…?」
父「だって、ワクワクチンチンしたからな♪」
タカシ「ワクチン二回打ったからって、その表現やめてくれます!?」
父「ワクワクチンチンの何がいけないんだ!?」
タカシ「いろいろアウトでしょ…」
父「タカシ…。父さん…悲しい。かなC!」
父は両手でアルファベッドのCを模したをポーズでタカシの反応を待っていた。しかし期待通りの反応はなく、数秒間の空白が流れた。
タカシ「まぁでも、確かにどこかに行けるといいよねぇ。」
父「そうだなぁ。人がいない場所なら良いんじゃないか?」
タカシ「例えば?」
父「明日父さんがリサイタルするから、その会場とか?」
タカシ「自分のイベントかよ!えっ、といういかよくやってんの!?」
父「よくやってるよぉ♪土管のある公園でな♪無理やり友達誘ってな♪」
タカシ「ジャイアンか!」
父さんがリサイタルをしているというのは、おそらく嘘だろう。嘘と言ったら語弊がある。これは冗談だ。父はいつもよく分からない冗談を言うのだ。冗談と嘘の境界というのは難しい。ただ、父と過ごして感じたことは「事実とは異なるが人を傷つけず場を和ますのが冗談」だということだ。
そんなことを思いながら、タカシはボーッと空を見上げた。
タカシ「まぁでも、本当、世界中にこんな疫病が流行ってるということは、安心なのは、もう宇宙しかないかもねぇ。」
父はそんなタカシを見て、頷きながら言った。
父「まぁ、でも宇宙も大変だと思うぞ?」
タカシ「なんで?」
父はここぞとばかりに言葉を並べた。
父「今回の疫病は、宇宙人が今の疫病をばら撒いるかもしれないじゃん」
タカシ「宇宙人なんていないでしょ?」
父「タカシは、本当にそう思うのか」
タカシ「当たり前だろ」
父は空を見ながら、ため息にもにた一呼吸をおく。
父「お前が宇宙人なんだよ」
と言うと「なんでだよ」と、タカシは笑いながら言った。
父「タカシは東京生まれじゃん?」
タカシ「まぁね」
父「ってことは、東京人なわけだ」
タカシ「そうなるね」
父「東京生まれってことは、日本人じゃん?」
タカシ「まぁ、そうだね」
父「日本人ってことは、アジア人じゃん?」
タカシ「アジア人って意識はあまりないけど、そうなるね」
父「アジア人って地球にいるから地球人じゃん?」
タカシ「地球に住んでるやつはみんな地球人になるだろうね」
父「で、地球って宇宙にあるから、おれらみんな宇宙人じゃん♪」
なんだこの屁理屈はと思いながら、屁理屈と思う捉え方に柔軟性がないような気がしてきた。
父「タカシは宇宙に行けば救われると思ってる?」
タカシ「妄想だったり仮定の話だけどね」
父「なるほどねぇ…。宇宙も大変だぞ。例えば、宇宙食が味気ないとする。」
タカシ「うん」
父「そこで、塩ふってみ?宇宙船の中に塩が舞い散るんだぞ?塩害凄まじい!」
タカシ「塩ふるなよ!」
父「分かった分かった♪じゃあ、宇宙食に醤油をドバーッと」
タカシ「かけんなよ!」
父「いくつもの卵を」
タカシ「割るな!」
父「タカシは宇宙の厳しさを分かってないな♪」
タカシ「はいはい、もういいよ。」
タカシは呆れたように言い流した。タカシと父はボーッと空を見ていた。空はいつしか夜空になり、星が満ちていた。そんなやりとりができる親子と言うのも悪くないのかもしれない。そう思っていると、父がふと話しかけてきた。
父「タカシは本当に宇宙が安全だと思うのか?」
タカシ「えっ、だって疫病が流行っている地球よりは宇宙の方が安全じゃん」
父「塩とかふれないのに?」
タカシ「そこはどーでもいいって…」
タカシ「じゃあ、おれはもう寝るよ。」
父「そうか♪お父さんはやることがあるから、もう少し起きてるよ」
タカシ「分かった。じゃあ、お休み」
父「アディオス♪」
タカシが部屋に戻り、寝入ったのを確認すると父は地下深くにあるコクピットに乗り込んだ。
父「さぁ、宇宙人VS宇宙人!疫病退治と行きますか♪」
民家から発射された宇宙船が、一線の光となり、星空の中に消えていった。
怪談と配達と僕。
おれがバイトで新聞配達員をしていたときの話。
その日はバケツをひっくり返したような土砂降りの雨だった。あぁ、めんどくさいなぁと、思いながらレインコートを着て真冬の寒空のもと、チャリにまたがり出発した。
早朝なのであたりは暗い。慣れた配達経路とはいえ、とても視界が悪く面倒だった。
寒さで唇の震えが止まらない。必死でチャリをこぎ、普段誰もいない暗い公園の前を通った時、そこに気になるものをライトがうつした。
日本人形だった。
公園の入口にポツンと日本人形が置かれていたのだ。髪が耳の位置ほどにあるおかっぱで、ニヤリと笑っている表情。まぁ、よくある日本人形だ。
誰が置いたんだろ。よく分からないことをする人もいるんだな。まぁ、もしかしたら見間違いだろうと思いながらその場を過ぎ去り配達先に向かった。だけどチャリをこいでもこいでも配達先にたどり着かない。こぎながら周りを見渡すと
さっきの公園にいた。
そして日本人形がニヤリとおれを見ている。耳元まであった髪があご先まで伸びている。視界が悪いから行き先や髪の長さを見間違えたんだろうと思い配達先に向かった。
しかしひたすらチャリをこいでも目的地に着かない。周りを見渡すと驚くべきことにさっきの公園にいるのだ。そして日本人形がニヤリとこっちを見ている。髪の毛は肩あたりまでのびていた。
いつもはメガネだけど、今日は不慣れなコンタクトレンズだったのでいろいろ見落としたに違いないと思い、配達先に向かった。
必死にチャリをこいだ。しかし気が着くと、予想外なことにまた公園の前にいた。やはり日本人形はニヤリとこっちを見ている。髪は胸元まで伸びていた。
目に打ちつける大粒の雨のせいで、目に疲労がたまってきたのだろう。帰ったらブルーベリーを食べよう。そう思い配達先に向かった。
気を取り直してしばらくチャリをこいでると、またあの公園の前にいた。日本人形はニヤリと笑い、髪の毛は腰の位置まで伸びている。これはきっと朝食を抜いたせいだ。せめてバナナだけでも食べよう。そうだ。朝食はバナナとブルーベリーだ。そう思い、私は配達先に向かった。
打ちつける雨がさらに激しくなってきた。疲労困憊になりながらも私はチャリをこいだ。必死にこぎながらも、予期せぬことに気が付くと公園の前にいたのだ。日本人形の髪はレッドカーペットのように長く見えた。今までの運動時間を考えると、脳の働きが鈍くなり、見間違えるのは仕方ない。私はひとまずレッドカーペットのように長くなりすぎた日本人形の髪を不憫に思い、伸びた髪をアフロにして、配達先に向かったのであった。
タカシとお父さん「怖い話」
今週のお題「怖い話」
タカシ「暑い…。この暑さは何…」
父「確かにこれは暑いな…」
タカシ「外の日差しもすごいし…」
父「照りつける日差しがあの甘酸っぱい夏を思い出すな♪」
タカシ「いつの話だよ…。はぁ…。エアコンも故障しているし…」
父「そうだ!こんな暑い日は怖い話をしてヒヤッとするのもいいんじゃないか♪」
タカシ「おっ、いいねー。何かある?」
父「すごいたくさんあるぞー。2話くらい♪」
タカシ「2話かよ!…じゃあ、何か適当に話してよ」
父「実はお父さんな…」
タカシ「うん…」
父「本当はタカシの叔父さんなんだ♪」
タカシ「こわっ!何そのカミングアウト…?」
父「ハハハ♪怖かったか。まぁ、嘘だから気にするな!」
父「じゃあ、次の怖い話だ♪」
たかし「はいはい、どうぞ」
父「これ、本当の話なんだけど」
タカシ「うん」
父「2年前、ちょうど今日のような暑い日に。ベッドで寝ているときに金縛りにあいまして」
タカシ「うん」
父「怖いなー。怖いなー。と思ってたら、突然玄関のドアがバァーンって開いて」
タカシ「うんうん」
父「ミノタウロスが入ってきた」
タカシ「ミノタウロス!?」
父「そうだ」
タカシ「幽霊ではなくミノタウロス!?」
父「そうだ…」
父「しかも部屋に入るなりなんて言ったと思う…?」
タカシ「えっ、何だろ…」
父「吾輩は猫である!吾輩は猫でああるぅぅうう!」
タカシ「猫とミノタウロスはだいぶ違いますが!?」
父「ミノタウロスも暑さにやられてた」
タカシ「そこまでアイデンティティ崩壊する…」
父「で、そいつは猛ダッシュで玄関に行き、ドアをバァーンって閉じて帰っていったんだ…」
タカシ「何それ。まぁ、ある意味怖いけどさ…」
父「じゃあ、これでお父さんの怖い話は終わりだ♪」
タカシ「えっ、もう終わり?」
父「終わりだ♪さっ、じゃあ次はタカシの番だぞ♪」
タカシ「怖い話なんてないよ」
父「こわっ!」
タカシ「いや、怖くねぇーし!」
コーヒーとボビーと北斗。
最近、手のひらサイズのコーヒー豆が入った箱を、一箱1000円で売る輩に絡まれたへろひさです。引っ越すと新聞や何やらの勧誘がよく来るのは分かります。
でもね
なんでアフリカ人が来るんですか?アフリカ人が?
玄関を開けた瞬間ボビー・オロゴンですよ、ボビー・オロゴン。
略してボビオロ。
あまりの驚きで、玄関を開けた瞬間に
「アフリカではよくある事です」
って唐突に言っちゃいましたよ。
もちろんスペイン語で。
まぁ、ボビー氏は正確に言えばアフリカ人じゃなくて、ナイジェリア人ですけどね
アフリカ人≒ボビオロ
とか
カルボナーラ≒ボラギノール
とか
ぶなしめじ≒キノピオ
とか
わたし≒たわし
とか
ペプシ≒へぶしっ
とかです。
ちなみに「へぶしっ」は「北斗の拳」で使われる言葉です。だけど僕のスマホで変
そういえば昔、僕の実家の留守電は北斗の拳を装っていました。留守電のアナウンスが
「あーたたたたたたたたたたたたたたたたた!!」
「・・・」
「お前はすでに10円損している」
「損したくなければメッセージを残すが良い」
って、感じです。もちろんアナウンスは僕の声です。でも、皆さん裕福らしく、メッセージはほとんど残してなかったですね。ガリガリ君の当たりで感動のあまり4日間赤飯パーティーをする僕とは大違いです。皆さんも良かったら留守電のアナウンスはこれにしてみ下さい。
あっ、さおだけ屋が来たので、続きはまた今度書きます。
洒落と駄洒落の境界線~夢と挫折~
いつものように学食の窓側の席に座り、参考書や専門誌を読んでいる。
窓からはじんわりと熱を帯びた日が差し込んでくるが、
冷房がそれを中和し、とても心地が良い。
「今日も外は暑そうだ」
夏と秋の狭間の季節。
朝は頭痛を催すほど蝉の鳴き声が鼓膜を刺激する。 突き刺すような鳴き声は、いつのまにか荒んだ心を治癒するような鈴虫の囁きに変わり
「あぁ、もうこんな時間なんだ」と、気付く。
図書館じゃなくて学食で勉強する理由は、飲食禁止の図書館に引き替え、 学食は自由にお茶やジュース、菓子パンなどを楽しみながら勉強ができるからだ。
あと、学食といっても授業時間になれば学生はほとんどいなくなる。 卒業単位をすでに取得した者にとって、この時間の学食はまさに天国であり、 僕は昼過ぎ頃から夕方過ぎまで勉強をするのが日課になっていた。
オレンジジュースを飲みながらふと横を見ると、外はもう真っ暗だ。 先生方も帰る時間のようで、車のヘッドライトが次々と点灯する。
大学の先生って出勤時間も決まってないし、休みも比較的多い。 その上、給料も比較的高い。
チッ、なんて羨ましい世界なんだ。
夢を早々と諦め、苦労をさほどしなかった自分に呪詛の念を吐露する。 そんな嫌な感情が脳内をグルグルと這い廻り、海馬の奥から思い出を掻き出し始める。
嗚呼、アイツはいま何をしているんだろう。
窓を見ながらオレンジジュースに口をつけようとしたその時、
車のライトが僕の網膜を貫通した。
一瞬目の前が真っ白になる。
真っ白な世界。
視覚以外の感覚が敏感になる。
オレンジの香り。
棚の奥から掻き出される記憶。
嗅覚と海馬が織りなすフラッシュバック。
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四角い白い部屋 。
オレンジの甘い香りが漂う。
それを口に運ぼうとしたとき。
「元気ですかー!?」
不意にドアが開かれ、スピーカーを通して発したような挨拶とともにS田が現れた。
「大学全入時代」という強迫観念的な呪縛が、おれを大学進学へと導いてくれた。 おかげで単位はギリギリ取っているが、全然やる気はない。 大学は行ってもただ寝ているだけ。
そんな生活とあまり変わらない入院生活ではあったが、 S田のおかげでその暇な時間を潰せるかというとそうでもない。 いや、時間は潰せるが、やたら無駄に過ごしている気がするのだ。
「おっ、久しぶりだね。おれは元気だよ。S田は元気だった?」
「おれは死ぬほど元気だ!」
「『死ぬほど元気』って、矛盾し過ぎだろ(笑)」
「気にするな♪ あっ、これ。お見舞い品を持ってきたよ」
「おぉ、ありがとう。で、これ何?」
「バネ」
「バネ?」
その渦巻いた鉄の物体はビヨンビヨンと揺れ、
多少大きめだが一目見ればバネだというのは分かる。
「なんでこれ持ってきたの?」
「まぁ『ビョイーンビョイーン』ということだな。ここが『病院』なだけに(笑)」
S田はこの病院で誰よりも精密検査をされるべき人かもしれない。
S田の駄洒落は驚異的で、唐突に「イスカンダルで椅子噛んだる!」と言った時は、 電気椅子でも噛ましてやろうかと思ったほどだ。 しかしそんなことを言ったらキリがないので適当にあしらっている。
「あぁ、なるほど…。おもしろいおもしろい」
「ハハ♪ だろ(笑)。で、なんで入院してんの?」
そういえばS田には入院した理由を言っていなかった。 心霊スポットのとある部屋に行ったら、階段を踏み外し骨折した事を伝えた。
「ほら、こんな感じ」
骨折した足を見せると 「たいしたことねぇじゃん」 と、ギブスをパンパンと叩いてきた。
S田は高校からの友達で一緒にバンドを組んでいた。 S田のパートはドラムで、叩ける物があればひたすら素手でリズムを叩くほど、 練習を日々欠かさないやつだった。
そして今は僕のギブスでリズムを叩いているわけだ。
「幽霊に取り憑かれた足を叩いたらバチがあたるぞ」
「幽霊ね~。あっ、さっきこの部屋の前に幽霊がいたよ」
「えっ、マジで?」
「マジだよマジ。すごい勢いでビョイーンって飛び出してきたよ。『病院』なだけに♪」
「どんな幽霊だよ!」
S田はいつもこういうノリなのだ。改めて客観的に見ると、 結局は楽しい時間を過ごしているようにも思える。 しかし無駄に疲れているように感じるのも事実である。
そんな駄洒落とついて行けないノリを適当に交わしていると、
不意にS田が落ち着いた声色で聞いてきた。
「お前、将来どうするの?仕事とかさ。おれは警察官になったよ。 小さい頃からの夢がやっと実現した」
S田の夢が警察官だったというのは初耳である。 それ以上に、警察に就職したというのが驚きである。 確かS田は高校卒業後は、進学せず就職したはずだったのだ。
「あれ、S田ずっと働いていたんじゃないの?」
「まぁ、そうだけど、働きながら勉強もしていたんだよ」
予想外な言葉が返ってきた。
夢を実現したS田に引き替え、 僕は将来的にしたい仕事などは決まっておらず、
ふらふらと大学生活を過ごしている。 大学に入る前は消防士になると言っていたが、 それは遠い昔の話のように思えるほどになっていた。
「働きながら勉強か~。すごいね。というか、 警察官になるのが夢だったんだ。就職おめでとう」
「サンキュー。そういえば、お前の夢は消防士だったよな。実際はどうなんだ?」
「まぁ、無理かな。その話は忘れて」
「おっ、話を水に流せってか。消防士なだけに♪」
「なんだよそれ(笑)」
「で、なんで消防士を目指さないんだ?」
「う~ん、勉強が面倒だからかな」
「なるほど。面倒か…。なぁ、一緒に海に行った日のことを覚えているか?」
「えっ?」
「燃える太陽。灼熱の砂浜。あの時、おれは言ったよな…」
「なんて?」
「もう一度言ってやろう…。『おれたちは肌を焦がしに来たんじゃない。胸を焦がしに来たんだ!』と」
「いや、意味不明なんだけど。その前に、S田と海に行ったことは1回もないよ」
「えっ…。あ、あぁ…。今のは水に流してくれ♪消防士なだけに(笑)」
「はいはい」
「まぁ、言いたいことは、胸を焦がし続けろってことだ。 会うのは久しぶりだし、お前に何があったのは知らんし知りたくもない。 現実に目を背けるなんて、こればかりは水に流しちゃいけねぇよ」
なに上手いこと言ってるんだ。
やる気がない私生活の虚無感。
その虚無感によって、1つ1つの細胞から体液まで毒に浸食される苦悩感。
絶望的挫折というよりも、諦念的挫折。
それがお前に分かるのか。
そんな思いが這いずり回る自分の考えが矮小過ぎて泣ける。
足のギブスがやたら重く感じ、オレンジの香りが鼻腔に流れ込む。
S田は何か言っているが、全然頭の中に入ってこない。 ただ最後に「消防士目指しているやつが、心の炎まで消してんじゃねぇよ」と言ったのだけは覚えている。
くそっ、負け犬どころか勝負すらしてないじゃないか。 気付かないようにしていたことを、思いっきり突き刺したS田。 小さなため息がオレンジの香りに混ざり、また嗅覚を刺激した。
S田が帰った後、松葉杖を握りしめ立ち上がった。
扉を開けると浸食された細胞や体液を消毒してくれるかのように、 病院特有のアルコールの香りが体内を駆け巡る。
ギブスを這わせながら本屋に向かう。
本屋の自動ドアが開き、足下からえぐるように冷気が這い上がる。 もう秋なんだから冷房を弱めても良いだろ。 そんな気だるさを抱えながら本を探しレジに向かった。
早々と会計を済まし部屋に戻る。
部屋は相変わらずオレンジの香りが漂っている。 そんな香りの中で、買ったばかりの参考書を読み漁った。
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やっとライトの光りから目が慣れてきた。
目覚ましにオレンジジュースを飲み干し、 筆箱に手をかけるとS田からもらったバネが顔を覗いた。
そういえば、このバネは何のバネなのだろうか。 S田に聞いてみようとメールを送ったら、すぐに返信が来た。 こいつ本当に働いているのかと思いつつ、メールを開く。
「う~ん、特に意味はない!あっ、だけど本当は就職が決まった春に、お前と会うつもりだったんだよ。バネだけにスプリングってな(笑)」
相変わらずのノリと洒落だ。 今は消防士ではなく別の目標に向かっているとはいえ、
こいつのおかげで勉強に打ち込むことが出来ているのかと思うと、 自嘲気味に笑える。
「とりあえずS田のメールは受信拒否したよ」と返信する。
また、くだらない洒落れた返信が来るのを分かっていながら。
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